パラリンピック選手で有名な日本人と競技を紹介!海外有名選手も

パラリンピック

いよいよ来年には東京パラリンピックがやってきますが、パラリンピックにおいて世界的に有名な日本代表選手というとどのような方がいるかご存知でしょうか。また2020東京パラリンピックで間違いなく日本代表の強敵になるであろう、金メダル候補の海外の有名選手もチェックしておきたいですよね。

今回は知っておくともっとパラリンピックが楽しくなる、日本と海外の有名パラリンピックアスリートをご紹介します。

パラリンピック選手で有名な日本人と競技を紹介

パラリンピックで有名な日本人選手というと、まず車いすテニスの国枝慎吾選手が上げられます。

国枝選手は9歳で脊髄腫瘍の為に車いす生活となり、11歳の時に車いすテニスを始めました。

2004年のアテネでは斎田悟司選手とのダブルスで金メダルを獲得、2008年北京では男子シングルスで金メダル、斎田選手とのダブルスで銅メダルを獲得しました。

2012年ロンドンではシングルスで金に、2016年リオではダブルスで銅に輝いています。

パラリンピック以外では、2007年に車いすテニス界では初のグランドスラムを達成して以来、現在まで5回の年間グランドスラムを達成しています。

また、2009年には車いすテニスの日本人選手として初めてプロへ転向した国枝選手。今もなおトッププレーヤーとして進化を続けています。

世界的に有名な日本人選手というともう一人、土田和歌子選手がいます。

土田選手は夏季にも冬季にも出場経験のあるパラリンピックアスリートでメダリストでもあります。

高校2年生の時に、事故に巻き込まれ車いす生活になった土田選手は、リハビリの一環でアイススレッジスピードレース(そりに乗り氷上を走る競技)の講習に参加、才能を見込まれて1994年リレハンメルパラリンピックに初出場します。

この時はメダルは取れませんでしたが、その悔しさを1998年長野パラリンピックで見事に晴らし、金メダル2つ、銀メダル2つを獲得しました。

そして長野大会を最後にアイススレッジスピードレースが正式種目から外されることを受け、車いす陸上へ転向します。

その後2000年シドニーパラリンピックから夏季大会に4回連続出場し、シドニーでは車いすマラソンで銅、2004年アテネではマラソンで銀、5000mで金メダルを獲得しました。

2018年にはトライアスロンへの転向が発表されました。2020東京パラリンピックを目指し、まだまだ前進し続ける土田選手から目が離せません。

パラリンピック選手で有名な海外選手の紹介

ここからはパラリンピックで有名な海外選手についてお伝えしていきます。

まずはドイツのマルクス・レーム選手走り幅跳びを得意とする義足のジャンパーです。

2003年、ウェイクボード練習中に起きた事故で右足の膝から下を失い、義足をつけるようになりました。

2005年にウェイクボードに復帰し、その後陸上競技に転向。すると走り幅跳びでの才能が開花していき、パラリンピックでは2012年ロンドンで金と銅、2016年リオで金メダルを2つ獲得しました。

2018年のヨーロッパ選手権では、自身の持つ世界記録を更新する8m48という記録を打ち立てています。

更にドイツ国内の大会に健常者に混じって参加し、他を抑えて優勝するなど驚きの活躍を見せてきました。2020東京パラリンピックにおいても、間違いなく金メダル候補と言える選手でしょう。

次にご紹介するのは、オランダのマールー・ファン・ライン選手です。

ファン・ライン選手は、生まれつき両膝から下がなく1歳から義足をつける生活を送ってきました。

しかし活発な彼女はスポーツを楽しみ、水泳を始めると2006年にはオランダ代表でパラ水泳の世界選手権に出場するまでになります。

そして、2009年に大学へ進学すると共に引退を決めました。ところが、2010年に友人の誘いで行ったパラ陸上のイベントで、競技用の義足“ブレード”を履いて走ってみたところ、そのスピード感に魅了されてしまい本格的に陸上競技を行うことになります。

わずか2年後の2012ロンドンパラリンピックでは、100mでは銀、200mでは金メダルを獲得します。そして2016年リオでは、100m200m共に金メダルを手にしました。

世界記録を何度も更新し、世界最速女王と呼ばれるようになったファン・ライン選手ですが、2020東京大会での2冠を目標に今も成長を続けています。

三人目はアメリカのタチアナ・マクファデン選手です。

マクファデン選手はロシアで生まれました。しかし先天性の病気により腰から下が麻痺した状態だったマクファデン選手は、孤児院に預けられます。

その後、1994年に大きな転機が訪れました。アメリカ保険局のデボラマクファデンさんが孤児院の視察にやってきたのです。縁あって養女となったマクファデン選手は6歳でアメリカに移住し、様々なスポーツに挑戦するようになりました。

中でも車いす陸上のスピード感に夢中になっていき才能も開花、15歳で2004年のアテネパラリンピックへ参加します。結果は100mで銀、200mで銅という堂々たるものでした。

その後2012ロンドンでは金メダルを3個、2016リオでは金メダルを4個、銀メダルを2個獲得しました。

マクファデン選手はスポーツに限らず様々な影響を与えてきた人物でもあります。

高校生の時には、入った陸上部で車いすは危ないから健常者の生徒の中で行うことを禁じられてしまいました。これにマクファデン選手は母と共に、障害のある生徒でも健常者の生徒と同様の機会が与えられることを求めて訴訟を起こします。

マクファデン選手は勝訴し、地元メリーランド州の法律を変えた他、全国各地で同様の法律がつくられるきっかけにもなりました。スポーツ以外でも素晴らしい功績を残していますね。

更にマクファデン選手は車いす陸上だけでなく、マラソンやクロスカントリースキーにも挑戦していて、2014年ソチパラリンピックでは銀メダルを獲得しています。

2020東京大会ではマクファデン選手の首にいくつの金メダルが掛けられるのか注目が集まりますね。

この他にも、自転車選手で2008北京から2016リオまでで9個の金メダルを獲得しているサラ・ストーリー選手や、車いすテニスの国枝慎吾選手のライバルとして知られるステファン・ウデ選手にも注目です。

まとめ

パラリンピックの日本と海外の有名選手についてお伝えしてきました。気になる選手はいましたか?

世界中のトップパラアスリート達が一挙に集うパラリンピック。その光景を生で見れる機会が来年に迫っています。

またとない機会ですので、是非観戦してみてはいかがでしょうか!

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